― アリアーヌ・ムヌーシュキンの太陽劇団の若手俳優だったあなたが、こんな闇の世界に、というのはまったく思いがけないことです。
私の役は本物のゴッドファーザーだからね、悪党さ!こんな役をオファーされたら断れない。やりたくてたまらなかったね。俳優という人種は誰でも本物のワルを演じてみたいものなんだ。私たちの世代はコッポラやルメット、デ・パルマの映画を浴びるほど見てきた。『ゴッドファーザー』、『セルピコ』、『狼たちの午後』、『スカーフェイス』……。犯罪映画に出てみたいとずっと思ってきたんだ。知的で、だが汚い言葉を吐き散らすような役だ。だけどそれはアメリカ人の専売特許だと思ってた。ところが、『犯罪の風景(映画祭題)』を見て、フレデリックの仕事に感動したんだ。『スパイ・バウンド』でのモニカ・ベルッチの演出にも感心した。だから彼と最初に会った時から波長が合った。彼は言った、「言っておきますが、これはきつい映画になりますよ」、私は答えたね、「望むところさ!」。
― コルティという人物をどうご覧になりますか。
彼は権力者だ、原始的な権力の。この人物の中には、シェークスピア的な次元の獰猛さ、残酷さがあると思った。コルティは現代のリチャード三世なんだ。そして俳優の仕事というのは、自分の奥底にあるリチャード三世を見つけ出すことだ。ギャングとは私たちなんだ。それがこの映画で私が気に入っているところだね。人には誰しも闇の部分がある。誰でも残酷になれる要素がある。
― 残虐シーンも徹底的にやるのをためらいませんでしたね。
最初のシナリオには、拷問場面はざっとしか書いてなかった。それで監督のフレデリックに、何故みんながコルティを恐れているのか分らせるには、本物の残酷シーンが必要だ、と進言したんだ。彼はシナリオを書き直してきた。その場面が目に見えるようだった!僕はこの映画のリアルなところが好きだ。暴力も含めてね。
僕はフレデリックを全面的に信頼している。彼が特殊効果で人目を引くだけのまやかしの暴力シーンをまき散らすような監督じゃないことは直ぐに分った。純粋な奴だってね。彼の演出は冷静で、古典的で、悲劇的で、腰が据わっていて、ジャン=ピエール・メルヴィルを思わせた。この映画は、フランスの犯罪映画の偉大なる現代版なんだ。
― 他の出演者との関係はどうでしたか。
みんなスターだから、実は少し不安だった。映画界のセレブリティとはお付き合いがないんでね。リハーサルで、ベアトリス・ダルとはすぐうまく行った。彼女は、まさに情婦そのものだったね。ブノワ・マジメルはもっと遠慮がちだった。完成した映画を見て、なぜ彼が距離を置いていたのかが分ったよ。ブノワには教わるところが多々あった。実際彼は撮影現場の外でも常に、彼が演じる人物そのものだった。凄い俳優だ。こういう映画俳優には頭が下がる。映画では、カメラが虫眼鏡みたいなものだからね。映画の観客は容赦がない。
― 映画復帰に満足ですか。
ああ、もちろん!満足だよ。映画館が満員になってくれたら嬉しいね。こんな映画なら縁日みたいに人が集まってくれるさ!


