― この映画のリアリズムを実現するために、どれくらいリサーチをしたのでしょう。
リサーチには徹底的に時間をかけました。共同脚本のヤン・ブリオンとともに、ギャングの世界をつぶさに見て回りました。毎朝パリジャン紙の2ページにわたる三面記事を読むことから始まり、かつてのギャングや刑事たちの回想録を読み、実際に会ったりもしました。私がやろうとしたのは、「闇社会のミクロコスモス」を描くこと、近寄りがたく危険な世界に、観客をできるだけ接近させることでした。
― 長編第1作から本作まで、形は違えど犯罪が描かれていますが、変化も大きいですね。
第1作『犯罪の風景(映画祭題)』では絶望の淵にある刑事を描きましたが、それでも国家に仕えているので、法の側に彼らは立ち、そのことで生き延びていく。『スパイ・バウンド』の登場人物もまた絶望の淵にあり、彼らは掟を破ったためにアウトローですが、それでも相変わらず国家の下僕です。しかし、今回の『裏切りの闇で眠れ』の場合は、もはや法も国家もない世界です。カオスの中心なのです。そしてカオスを描くのは面白い!
― あなたの映画は暴力的な時代を反映しているのでしょうか。
この映画は、私なりのやり方で味付けはしてありますが、ギャング映画の要素はすべて備えています。ですから娯楽映画として見ることができます。しかし一方で、この映画は社会のメタファーでもあります。たとえば政治の世界です。政治家は信じられないようなやり方で足の引っ張り合いをしている。ビジネスの世界は言わずもがな、です。ギャングは社会の産物です。要するに、我々は、その社会にふさわしいギャングを持つというわけです!我々はもはや価値観も友情もない世界に生きている。人は互いに裏切りあう。自己中心的な考えの檻に閉じ込められ、何としても金を掴まねばならず、権力を握らねばならない。ギャングの世界はこういう我々の社会を描くのに非常に面白いと思います。
ギャングの世界も環境が変ってしまいました。幻滅のせいで堕落した社会と同様に、ギャングの世界でも「道義」は廃れてしまったのです。連中は完全に無責任で、タガが外れていて、限度を越えています。暴力が彼らの言語であり、権力を維持するための生き残りの手段になっています。
― クロード・コルティは一種のゴッドファーザーで群れに囲まれた野獣。彼は全てを支配しようとします、生まれてくる子供の性別まで!
コルティは、変ってしまった闇社会でもはや時代遅れになったボスです。この極端に攻撃的な“サイコ野郎”は、いささか脇が甘く、若い連中に権力を奪われてしまう。オックスフォード卒の連中に牛耳られた現実の組織を連想させます。権力を握った彼らは、組織をスリムにするために免許制にして人員を200人に絞り、利益を増やしました。ここにもギャングと大企業のパラレルが見られます。
― 一方、ブノワ・マジメル演じるフランクのイメージはより神秘的で魅力的です。
このジャンル映画にあって、フランクは古典的な雇われ殺し屋で、痕跡を残さず契約を履行するプロフェッショナルです。一匹狼で、群れの外側にいます。誰よりも賢い彼は、仕事を1人でやり、周囲の連中同士を戦わせる。権力を握る者が次々にとって変るカオスの真ん中を、メランコリーのようなものを漂わせながら通り過ぎ、立ち去ってゆく殺し屋の典型を描いてみたかったのです。フランクは殺し屋ですが、奇妙なことに、唯一、私が自分を重ね合わせたい人物なのです……。観客が彼に愛着をもってくれることを願っています。唯独り、ギャングの世界を出る可能性を持ち、あのカオスの中で最も明晰であった人物ですから。
― フランクは、車といい、服装といいダンディで、他の連中とは違っていますね。パリを見渡せる鷲の巣のようなアパルトマンも印象的です。
ギャングは賭博や贅沢の中で生きていますが、多くは必ずしも趣味がいいとは言えませんからね。フランクという男は組織の外側にいて、常に警戒心を解かない人間です。そんな男の暮らす部屋を探すのには時間がかかりました。あのアパルトマンは、ヨーロッパで一番高いタワーのてっぺんにあります。実際の持ち主はたいへんに魅力的な人物で、前の持ち主は元ポン引きだそうです。そいつはいい!と思いましたね。完璧だ。これで行こう!とね。
― ベアトリス・ダルが演じる情婦はどのような人物として描かれたのでしょうか。
ベアトリスはこの映画の中でポジティヴな人物なのです。彼女は自分の情夫がクズだと知っている。それでも彼を愛しています。取り巻き連中と違って、彼女は誠実である唯一の人物です。ベアトリス・ダルがこの役を引き受けてくれたことに感動します。こうした強度、感情的なインパクトをもたらしてくれるのは彼女しかいないことが分っていましたし、実際彼女は映画を輝かしいものにしてくれました。役名をベアトリスにしようと言ったのは彼女なのです。
― あなたの演出はジャンルにこだわりながら、それを新しいものにし、紋切り型を排していますね。
この映画の準備のために3年間ギャングの世界に浸って分ったことが幾つかあります。真実に近づけば近づくほど、紋切り型が消えてゆくのです。ギャング組織を描くに際して、私はできるだけ生々しく、誠実であろうと努めました。現代において、道を渡る老婦人を助けてやる心の広いロマンティックなギャングなどはもういない、ということはわかっています。
― あなたはフィリップ・コーベールを輝かしい形でスクリーン復帰させました。
ある晩テレビを見ていて、そこに出ている彼を発見したのです。そのカリスマ性に感動して、プロデューサーに電話して、「この俳優はコルティにぴったりだ」と言ったら、「彼は演劇界の伝説的俳優だ。残念ながら彼はこの14年映画に出演してない。オファーをみんな断ってしまうんだ」と答えが返ってきました。それでも連絡を取ってみると、たまたまコーベールは私の2本の映画を見てくれていて、OKしてくれたのです!彼のおかげでコルティは暴力的で、猛り立ったキャラクターになりました。
― ブノワ・マジメルは?
ブノワはシナリオを読んで直ぐにやると言ってくれました。彼がこれほど真剣に役作りしてくれるのに驚きました。彼は最も周到に役作りする俳優の一人でしょう。バーでの場面でのラッシュを見て、彼の動き方、オリーブをつまみながら、ウィスキーを飲みながら、コーベールと対話するその身振りには感嘆を禁じえませんでした。リズムがあり、緊張感があり、すべてが計算されつくしたかのようでした。翌日そのことを彼に話すと、彼はあっさりと「ああ、一週間練習したからね」というのです。ブノワは髪を染め、ポマードで撫でつけ、外見を丹念に仕上げてくれました。ネックレスや時計を選んだのも彼自身です。そしてブノワは、私の父の映画が大好きなのだそうです。そこで、いたずらで父の映画『317小隊』へのオマージュを、映画の中に入れておきました。
― オリヴィエ・マルシャル、メディ・ヌブー、トメル・シスレーらの配役も完璧でしたね。
オリヴィエとは『あるいは裏切りと言う名の犬』の公開時に会って、仲良くなりました。私がこの映画の準備中だと聞くと、彼は何かやらせてくれと言ってきました。メディ・ヌブーはスピルバーグの『ミュンヘン』で見ていて印象に残っていました。トメル・シスレーは傲慢さの漂う優雅さで私を魅了しました。彼ら以外にもアンヌ・マリヴァン、シリル・ルコント……キャスト全員の名前を挙げるべきでしょうね。才能があり、仕事に熱心な彼らと一緒に撮影ができて本当に助かりました。


